パイロットとは
パイロットは、万年筆を出発点として成長してきた、日本の総合筆記具メーカーです。正式名称は株式会社パイロットコーポレーションで、現在は万年筆だけでなく、ボールペン、シャープペンシル、マーカー、消せるボールペンの「フリクション」シリーズなど、幅広い筆記具を製造・販売しています。
創業から一貫して大切にしてきたのは、「品質の良い純国産の筆記具を、世界に向けて送り出す」という姿勢です。現在は190以上の国と地域で商品が販売されており、日本の万年筆メーカーの中でも特に規模の大きいメーカーの一つとして知られています。パイロットの万年筆には、初めて使う方でも手に取りやすい入門モデルから、金のペン先を使った本格的なモデルまでがそろっており、価格帯の選択肢が広いことも大きな特徴です。
| メーカー名 |
株式会社パイロットコーポレーション |
| 英語表記 |
PILOT CORPORATION |
| 創立 |
1918年(大正7年) |
| 前身 |
株式会社並木製作所 |
| 創業者 |
並木良輔、和田正雄 |
| 創業地 |
東京・日本橋 |
| 主な事業 |
万年筆をはじめとする筆記具の製造・販売 |
船の上で交わした約束と、資金難を救った一通の電文
パイロットの物語は、1918年の会社設立よりも少し前、明治の終わり頃の一隻の船から始まります。並木良輔と和田正雄は、ともに商船学校の出身でした。並木が機関長を務めていた「有明丸」に和田が乗船したことで二人は出会い、半年余りの共同生活を送るうちに意気投合します。「いつか、日本から世界に誇れるものを送り出したい」。二人が船の上で語り合ったこの夢が、のちの万年筆メーカーの出発点になりました。
船を降りた並木は、母校の教授として製図の指導にあたるようになります。教育者としての道を歩みながらも、並木の探究心は製図道具の「烏口(からすぐち)」の使いにくさに向かい、その改良研究の延長として金ペンの製造技術へと関心を移していきました。1914年、北海道産の天然イリドスミン鉱石を使ってペン先の耐久部分(ペンポイント)の加工に成功したことを機に、並木は教授職を辞し、金ペンの研究開発に人生を賭ける決断をします。
しかし、開発は簡単には進みませんでした。試行錯誤を重ねるうちに、1915年の暮れ、完成を目前にして資金が底をついてしまいます。並木はすでに何度も窮状を助けてもらっていた和田に、再び支援を求める手紙を送りました。年が明けた1916年1月3日、並木のもとに和田からの電報が届きます。文面はこうでした。
「カネ5000エンオクツタアトフミ」
大正5年(1916年)1月3日 和田正雄より並木良輔へ届いた電報
当時、米一升がおよそ13銭という時代に、5,000円という金額は途方もない大金です。実業家として独立していた和田が並木のために用意できる、最後の資金援助でした。この電文を受け取った並木は、和田の友情に男泣きしたと伝えられています。この支援を得て研究に一段と力が入り、約1ヶ月後の1916年2月9日午後3時、純国産の14金ペンがついに完成しました。駆けつけた和田とともに喜びを分かち合った並木は、この成功をもって本格的な万年筆会社の設立を決意し、和田もそれまでの事業をやめて万年筆事業に一生を捧げる決心をします。この2年後の1918年、二人は「株式会社並木製作所」を設立しました。今のパイロットの前身です。
「PILOT」という名前に込めた、水先案内人の願い
会社を設立した二人が新しいブランド名を考えたとき、思い浮かんだのは飛行機の操縦士ではありませんでした。狭い海峡や港で、大きな船の前に立って安全な航路を導く「水先案内人」のことを、船の世界では「パイロット」と呼びます。商船学校で学び、実際に船の上で友情を結んだ二人だからこそ生まれた発想でした。自分たちが完成させた国産万年筆が、業界を先導する水先案内人のような存在になってほしい。そう願いを込めて、彼らは「PILOT」と名付けたのです。単なる語感の良さで選ばれた社名ではなく、創業者たちの経歴と志がそのまま刻まれた名前だといえます。
パイロットの歴史
1918年の創業から現在まで、パイロットは万年筆メーカーとして数々の技術を生み出してきました。ここでは、万年筆というジャンルに関わる主な出来事を年表としてまとめます。
| 年 |
主な出来事 |
| 1916年 |
並木良輔が万年筆用の純国産14金ペンを完成させる |
| 1918年 |
並木良輔と和田正雄が「株式会社並木製作所」を設立。木製軸に14金ペンを取り付けた「パイロットペン」を発売 |
| 1926年 |
ニューヨーク・ロンドン・上海・シンガポールに拠点を設置。高蒔絵万年筆を欧米市場へ展開 |
| 1930年 |
高品質なブルーブラックインキを開発し、日・英・米・仏・蘭の5カ国で特許を取得 |
| 1938年 |
社名を「パイロット萬年筆株式会社」に変更 |
| 1955年 |
二重構造のペン芯を開発した「パイロットスーパー」を発売 |
| 1963年 |
世界初となる、キャップのない万年筆「キャップレス」を発売 |
| 1971年 |
現代の日本人の文字に合わせた万年筆「カスタム」シリーズを発売 |
| 1989年 |
社名を「株式会社パイロット」に変更 |
| 2003年 |
社名を「株式会社パイロットコーポレーション」に変更 |
| 2013年 |
シンプルで使いやすい入門用万年筆「カクノ」を発売 |
| 2018年 |
創立100周年を迎える |
こうした歴史の中で特に注目したいのは、1963年に発売された「キャップレス」です。ペン先をノックで出し入れできる、世界初のキャップのない万年筆として開発され、翌1964年にはパリの国際ギフトフェアで最優秀オスカー賞を受賞しました。初代のキャップレスは胴軸をひねってペン先を出す回転式で、前例のない仕組みだけに試行錯誤の跡が残るデザインでした。クリップは口金の下面という不自然な位置に付けられ、しかも極端に短く、バネ仕掛けで可動するという凝った作りです。向きを間違えないよう、胴軸には「こっちが前です」と言わんばかりの矢印までロゴの横に刻まれていました。この初代からわずか1年後の1964年には早くもノック式が登場し、現在のキャップレスとほぼ同じ構造にまで完成度を高めています。以来60年以上にわたり、樹脂多面体モデル、オールブラックモデル、静音機構を備えた最高級モデル「キャップレスLS」など、形を変えながら販売が続くロングセラーです。キャップの開け閉めという万年筆特有の手間をなくすという発想は、万年筆が普段使いの実用品として求められていた時代だからこそ生まれた、非常に合理的なアイデアだったといえます。
もう一つ、パイロットの歴史を語るうえで欠かせないのが、1968年に発売された18金ペン付きショートタイプ万年筆「エリートS」です。キャップを取ればすぐに書き出せる携帯性の高さで大ヒットとなり、翌1969年には大橋巨泉が出演したテレビCMが空前の話題になりました。「はっぱふみふみ……短びのキャプリてとれば……」という、意味を持たない摩訶不思議な言葉が若者の間で流行し、今でもテレビ広告史上の傑作の一つとして語られています。1970年の大阪万博では、この「エリートS」が記念のタイムカプセルにも収められました。半世紀以上前の一本の万年筆が、時代の空気そのものを封じ込める存在になっていたということです。現在は、その設計思想を受け継いだ復刻版「エリート95S」が販売されています。
世界へ進出した日本の万年筆メーカー
パイロットは、創業当初から「日本製の万年筆を世界に送り出したい」という志を持っていました。その言葉のとおり、創業からわずか8年後の1926年には、ニューヨーク、ロンドン、上海、シンガポールに拠点を設け、日本の伝統技法である蒔絵を施した「高蒔絵万年筆」を欧米市場へ展開しています。当時の日本製品としては早い段階からの海外進出であり、国産万年筆の品質を世界に示す取り組みだったといえます。
この創業の精神は現在まで受け継がれ、パイロットの筆記具は190以上の国と地域で販売されるまでに広がりました。国内メーカーでありながら世界的な知名度を持つという点は、パイロットを選ぶ際の安心材料の一つになります。
パイロットの万年筆の特徴
パイロットの万年筆には、次のような特徴があります。
1
入門用から本格モデルまで選択肢が広いこと
1本1,000円台で購入できるシンプルなモデルから、金のペン先を採用した本格的なモデルまでを同じメーカーの中で比較しながら選べるため、初めて万年筆を使う方にも、すでに万年筆に慣れている方にも対応できるラインナップです。
2
ペン先の種類と字幅の選択肢が豊富であること
ステンレスのペン先を採用したモデルと、14金・18金の金ペンを採用したモデルがあり、字幅もEF(極細)からB(太字)まで複数用意されています。同じシリーズでも字幅によって書き味の印象が変わるため、自分の筆圧や書くものに合わせて選ぶことができます。
3
独自の機構を持つモデルがあること
1963年に発売された「キャップレス」のように、キャップの開け閉めを不要にした機構を持つモデルも展開されており、ビジネスシーンでさっと取り出して使いたい方に向いています。
4
インクの補充方式に選択肢があること
多くのモデルはカートリッジとコンバーターの両方に対応しており、手軽にカートリッジで使い始めることも、コンバーターでボトルインクを楽しむことも、どちらも選べます。
なお、書き味の感じ方には個人差があるため、「誰にとっても最高の書き味である」といった断定は避け、あくまで選択肢の広さという事実を中心にお伝えしています。
ペン先と書き味
万年筆を選ぶうえで、最も書き味に影響するのがペン先です。パイロットのペン先には、大きく2つの素材があります。
ひとつはステンレスのペン先で、比較的手頃な価格帯のモデルに採用されています。丈夫でお手入れがしやすく、初めて万年筆を使う方にも扱いやすい素材です。もうひとつは14金・18金の金ペンで、しなりのある柔らかな書き味が特徴です。金の含有量が多いほど、筆圧に合わせてペン先がしなりやすくなる傾向があります。
字幅は、細い順にEF(極細)・F(細字)・FM(軟細字)・M(中字)・B(太字)といった種類があり、シリーズによって選べる字幅は異なります。字幅選びの目安としては、次のような考え方が参考になります。
細かな文字を書く方
EF(極細)・F(細字)
手帳への書き込みや、細かい文字を書く場面が多い方に選ばれることが多い字幅です。
ノート・日常の筆記
F(細字)・M(中字)
ノートや手紙など幅広い用途で使いたい方に扱いやすい標準的な選択肢になります。
大きな文字・署名
M(中字)・B(太字)
伸びやかな文字を書く場面や、大きな署名などに向いている太めの字幅です。
同じ「M(中字)」という表記であっても、モデルやシリーズによって実際の線の太さの印象は異なります。表記だけで判断せず、可能であれば実際の書き味を確認したうえで選ぶことをおすすめします。
幅広い価格帯とシリーズ
パイロットの万年筆は、手に取りやすい価格帯から本格的な価格帯まで、幅広く展開されています。価格によって、ペン先の素材、機構、仕上げなどが異なります。
入門価格帯(1,000円〜)
カクノ、ライティブ 等
初めて万年筆に触れる方向けに設計されたシンプルなモデル。ステンレスペン先を採用し扱いやすさを重視。
日常使い価格帯(3,000円〜)
コクーン、プレラ 等
普段の筆記に無理なく使えるモデル。金属軸やカラーバリエーションが豊富でギフトにも好評。
本格金ペン価格帯(15,000円〜)
カスタム74、キャップレス 等
14金・18金のペン先を採用し複数の字幅から選べる本格派。永く使う一本として選ばれます。
高級・特別仕様(20,000円〜)
カスタムヘリテイジ912、カスタム823 等
素材や装飾、プランジャー吸入機構などにこだわった最上位モデル。重厚な書き味と伝統の意匠。
1,000円の壁に挑んだ「カクノ」という賭けと代表シリーズ
パイロットの歴史の中で、もう一つ特筆すべきなのが、2013年に発売された「カクノ」です。それまで万年筆といえば「大人が使う高級筆記具」というイメージが定着していました。安いものでも3,000円程度が当たり前だった市場に対して、パイロットは「子ども向け万年筆」というコンセプトで、品質に妥協せず1,000円という価格を実現しようとします。
このプロジェクトの背景には、8,000人を対象にした実態調査の結果がありました。50代男女の9割以上が万年筆を使った経験があるのに対し、20代の4割はまったく使った経験がない。一方で「万年筆が欲しい」と答えた人がもっとも多かったのも、実はその20代でした。関心はあるのに、高そうだから、選び方がわからないから、という理由で手を出せていない層が確かに存在していたのです。社内では「本当に子どもが万年筆を使うのか」という議論が何度も重ねられましたが、欧州の学校教育では子どもが万年筆を使う慣習があることに着目し、「今の日本に子ども向け市場がないなら、未来のために切り拓くしかない」という結論に至りました。
1,000円という価格は、当時最安だった3,000円のエントリーモデル「コクーン」の、さらに3分の1という壁でした。パイロットが譲れなかったのは、万年筆の書き味を左右する心臓部、ペン先の品質だけは「コクーン」と同じものを使うという条件です。一般的な万年筆では約20点ある部品構成を、わずか6点まで絞り込み、ステンレス製のペン先以外はすべて樹脂製にすることでコストを抑えました。それでも目標コストには届かず、高価格帯の万年筆では職人の手作業に頼っていた組み立て工程に機械を導入し、従来はプレスで1点ずつ刻印していたペン先の模様もレーザー刻印に切り替えます。このレーザー刻印への切り替えは、金型が不要になったことでペン先デザインの自由度を広げるという、思いがけない副産物も生みました。
デザインを決める社内コンペでは、大人向けを意識したシックな案が並ぶ中、ペン先でにこりと笑う「えがおのマーク」と、鉛筆に近い感覚で持てる六角形のボディを描いた一枚が、開発チームの心をつかみます。グリップは自然と正しい持ち方になる三角形にし、正しく持つとえがおのマークが正面を向く設計にしました。キャップには転がり防止の突起や、誤飲時の窒息防止穴まで用意され、細部まで子どもの目線で作り込まれています。2013年10月の発売後、「カクノ」は当初の販売目標を大きく超える反響を呼び、1年間で65万本を売り上げる記録的なヒットとなりました。子どものファースト万年筆としてだけでなく、大人にも「気軽な一本目」として受け入れられ、その後のインクブームを後押しした立役者の一つにもなっています。
パイロットを代表する主要ラインナップ
カクノ (KAKUNO)
持ちやすい六角形のグリップや、ペン先に描かれた「えがおのマーク」など、初めて手にする方への工夫が凝らされた一品。手頃な価格でありながら、本格的な書き心地を体験できます。
プレラ (PRERA)
不透明タイプと、軸が透明な「色彩逢い(しきさいあい)」タイプが展開されています。コンパクトでカラーバリエーションが豊富で、ボトルインクを楽しみたい方にも人気のシリーズです。
コクーン (COCOON)
繭のようななめらかなフォルムが特徴の金属軸モデル。程よい重量感とシックなカラーで、ビジネスシーンでもスマートに使えるエントリーモデルです。
キャップレス (Capless)
1963年に世界初のノック式万年筆として誕生。キャップの開閉なしに片手でワンノックで筆記できる画期的な構造。60年以上愛され続けるパイロットの象徴的ロングセラーです。
カスタム74 (CUSTOM 74)
創立74周年(1992年)を記念して誕生した金ペン万年筆の王道標準モデル。14金大型ニブと全11種類以上の豊富な字幅展開で、自分に最も合う書き味に出会えます。
カスタムヘリテイジ912 (CUSTOM HERITAGE 912)
伝統的なフラットトップデザインを継承した上位モデル。14金・10号の大きめなペン先と重厚なブラック軸で、書く喜びを深く味わえる本格派の一本です。
初めての万年筆としてのパイロット
パイロットには、初めて使いやすいシンプルなモデルから、金ペンを採用した本格的なモデルまで、さまざまな選択肢があります。最初から高価格帯の商品を選ぶ必要はありません。まずは予算、普段書く文字の大きさ、インクの補充方法を確認し、自分が日常的に使いやすい一本を選ぶことが大切です。
国内メーカーであるため、対応するカートリッジインキや交換用のコンバーターを国内で確認しやすい点も、初めて万年筆を使う方にとって安心できるポイントです。万年筆に慣れていないうちは、カートリッジ式のモデルから始め、使い方に慣れてきたらコンバーターでボトルインクを楽しむ、という段階的な選び方もおすすめです。
パイロットの万年筆が向いている人
パイロットは、次のような方に検討しやすいメーカーです。
ただし、書き味の感じ方には筆圧や手の大きさ、左右の利き手などによる個人差があります。パイロットがすべての方にとって最適とは限らないため、他メーカーの商品とあわせて比較検討することをおすすめします。
パイロットを選ぶ前に確認したいこと
パイロットの万年筆といっても、商品によってペン先の太さ、素材、軸の重さ、インクの補充方式は異なります。購入前には、次の項目を確認しておくと選びやすくなります。
- ペン先の太さ(字幅):EF(極細)/ F(細字)/ M(中字)/ B(太字)等
- ペン先の素材:ステンレス/14金/18金
- 本体の重さと太さ:樹脂軸の軽量モデル(約11g)〜金属軸(約26g)
- インクの補充方式:カートリッジ/コンバーター両用式
- コンバーターの付属有無:付属か別売り(CON-40/CON-70N)か
- 付属品の内容:ケース・説明書・初期インクカートリッジ
- 在庫状況:即納可能か発送予定日数の確認
商品名だけで選ばず、普段の用途と商品仕様を確認したうえで購入することをおすすめします。